奉賛会からのお知らせ
木嶋神社の大神輿(おおみこし)は文政年間(およそ200年前)に造られたとされています。地域の信仰と文化を次世代へ受け継いでいくため、氏子にとっての象徴である大神輿による巡行(渡御)を令和10年に再開いたします。
近年の大神輿による巡行
平成12年(2000年)
平成20年(2008年)
令和10年(2028年) 再開予定!
大神輿
この20年間、毎年10月に執り行われる神幸祭では一回り小さい神輿(本神輿)が巡行を担っており、大神輿は拝殿にてお披露目するに留まっております。
大正15年(1926年)から昭和2年(1927年)にかけて大規模な修理が行われましたが、現在は装飾物のゆるみや、欠損、錆、黒棒の漆、彩色の劣化などが進んでおりました。
巡行の再開に伴い、後世に継承していくために大規模な修繕を行なっております。専門的で高度な伝統技法が用いられることから、その費用を氏子だけで支えるのは大きな負担となっております。
皆様からのご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。
大正15年10月吉日
錺金物師 寺本勘助(尾張勘事)
昭和2年10月吉日
錺金物師 寺本勘助(尾張勘事)
その歴史は江戸時代後期にまで遡ります。神輿の四方に飾られる鏡(銅鏡)の裏には、文政8年(1825年)に奉納されたもので、「山城国太秦廣隆寺 三十八所大明神御神鏡」と刻まれています。
山城国太秦広隆寺
三十八所大明神御神鏡
文政八年己酉春二月
造之年預大僧都周賢
鏡に刻まれた銘文
翌文政9年(1826年)3月には、新たな大神輿が造られた旨が記されています。
文政九年 丙戌春三月
令新造訖
年預 膀鬘院 権僧正
奉行 東陽院 大僧都
鉄方行事 西田主鈴
神輿の装飾品の木箱
これらから、当時すでに神輿が太秦の信仰圏と深く結びつき、廣隆寺(広隆寺)を含む地域の神仏習合文化と密接に存在していたことを示します。
その後も大神輿は、太秦の氏子たちの祈りと共に巡行し、地域の守護と豊穣を願う象徴として受け継がれるとともに、当時の文化・歴史・職人技を伝える貴重な地域の遺産とも言えます。
木嶋神社の大神輿は、当時の一番の技術と資金がふんだんにつぎ込まれている。当時の知恵と意匠(デザイン)を地域の方々がどうやって神輿に集約されたのかという歴史を物語るものとして、文化財に近いものである。金属工芸品としては当時の最高級の技術が費やされている。金具のみならず木彫品もそうである。金属工芸史的価値に留まらず、文化財史的価値も非常に高い。
令和7年(2025年)2月14日実施
大神輿の台車
©︎木嶋神社(木嶋坐天照御魂神社)