奉賛会からのお知らせ
木嶋神社の大神輿(おおみこし)は文政年間(およそ200年前)に造られたとされています。地域の信仰と文化を次世代へ受け継いでいくため、氏子にとっての象徴である大神輿による巡行(渡御)を令和10年に再開いたします。
近年の大神輿による巡行
平成12年(2000年)
平成20年(2008年)
令和10年(2028年) 再開予定!
大神輿
この20年間、毎年10月に執り行われる神幸祭では一回り小さい神輿(本神輿)が巡行を担っており、大神輿は拝殿にてお披露目するに留まっております。
大正15年(1926年)から昭和2年(1927年)にかけて大規模な修繕が行われましたが、その後、錺金具のゆるみや、欠損、錆、黒棒の漆、彩色の劣化などが進んでおりました。
令和8年(2026年)に大規模な修繕を終えましたが、後世に継承していくために継続的な維持管理を行なっております。皆様からのご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。
2026年9月6日、今年度の修繕を終えた大神輿が神社に無事戻ってきました。
報告書 木嶋神社様大神輿修復工事報告書.pdf
(合同会社早野錺 令和8年9月14日 作成)
修繕を行なっていただいた 合同会社早野錺 様の報告書より一部抜粋
木嶋神社の大神輿は文化財的価値の高い神輿といえる。その為大きく修復はせず、あくまでも部分修復に留める現状維持的な修復内容とする。巡行することを目的として安全に巡行できる状態か、外見だけでは判断しかねるため解体を行う。欠損部分の補修、各部材の洗浄・清掃、解体後重大な損傷が発見された場合は躯体部の改修作業を行う。
令和8年 修繕前の状態
大正15年10月吉日
錺金物師 寺本勘助(尾張勘事)
昭和2年10月吉日
錺金物師 寺本勘助(尾張勘事)
文政8年(1825年)2月、大神輿の神鏡が広隆寺により奉納されている。
山城國太秦廣隆寺
三十八所大明神御神鏡
文政八年己酉春二月
造之年預大僧都周賢
鏡に刻まれた銘文
文政9年(1826年)3月、大神輿が造られた旨が記されている。
文政九年 丙戌春三月
令新造訖
年預 膀鬘院 権僧正
奉行 東陽院 大僧都
鉄方行事 西田主鈴
神輿の装飾品の木箱
これらから、当時すでに神輿が太秦の信仰圏と深く結びつき、廣隆寺(広隆寺)を含む地域の神仏習合文化と密接に存在していたことを示します。
その後も大神輿は、太秦の氏子たちの祈りと共に巡行し、地域の守護と豊穣を願う象徴として受け継がれるとともに、当時の文化・歴史・職人技を伝える貴重な地域の遺産とも言えます。
木嶋神社の大神輿は、当時の一番の技術と資金がふんだんにつぎ込まれている。当時の知恵と意匠(デザイン)を地域の方々がどうやって神輿に集約されたのかという歴史を物語るものとして、文化財に近いものである。金属工芸品としては当時の最高級の技術が費やされている。金具のみならず木彫品もそうである。金属工芸史的価値に留まらず、文化財史的価値も非常に高い。
令和7年(2025年)2月14日実施
大神輿の台車
©︎木嶋神社(木嶋坐天照御魂神社)